659.騎士
老婆でいっぱいの家がありました。老婆たちは一日中家のなかをうろつきまわり、ハリセンでハエを叩いたりしておりました。この家の老婆は、全部で36人。いちばん達者な老婆はユフリョーヴァという名字で、他の老婆たちを仕切っていました。言うことを聞かない老婆がいると、その肩をひねりあげたり、足払いをくわせるのです。すると老婆たちは転げ落ちて、不細工な顔を打ち砕かれたりするのでした。ユフリョーヴァに罰を受けたズヴャーキナという老婆などは、打ちどころが悪くって、上下のあごを砕いてしまったほどでした。ドクトルを呼ばねばなりません。彼はやってくると、白衣をはおり、ズヴァーキナを診察して、あごを直すことを考えるにはこの人は年を取りすぎとる、と言いました。ドクトルは金槌とのみ、ヤットコと紐を持ってくるように言いました。老婆たちは、ヤットコとのみがどういう格好のものだか知らぬまま、長いこと家じゅうを探し回り、道具に似ていると思うものを全部ドクトルのところへ持ってゆきました。ドクトルは長いこと毒づいておりましたが、ついに、必要なものをすべて手に入れると、全員に部屋から出るようにといいました。老婆たちは好奇心に焼かれながら、ほぞをかみつつ部屋を出てゆきました。悪口雑言不平不満とともに、老婆たちが部屋からぞろぞろ出てゆくと、ドクトルは彼女らの背後で錠をおろし、ズヴャーキナに近よりました。
「さあてね」ドクトルは言って、ズヴャーキナをつかまえると、紐で固く縛り上げました。それからドクトルは、金切り声と悲鳴も気にせず、ズヴャーキナのあごにのみをたて、金槌でそれを激しく叩きだしたのです。ズヴャーキナはしゃがれたバスの声で叫び始めました。ズヴャーキナのあごをのみで砕いたあと、ドクトルはヤットコをつかみ、ズヴャーキナのあごをそれで挟んで、もぎとりました。ズヴャーキナは血を流しながら、わめき、叫び、うめきました。一方、ドクトルはヤットコともぎとったズヴャーキナのあごを床に投げ、白衣をぬいで、それで手をぬぐうと、ドアに近づいて、開け放ちました。老婆たちは喚声をあげて部屋へなだれ込み、おのおのズヴャーキナやら、床に転がった血だらけの塊やらに、大きくみはった目を据えました。ドクトルは老婆をかきわけて出てゆきます。老婆たちはズヴャーキナのほうへとんでゆきました。ズヴャーキナは静かになりはじめ、見た感じ、死にかけているようでありました。ユフリョーヴァはその場に立ち尽くし、ズヴャーキナを見つめながら、ひまわりの種をカリカリかじりました。ビャーシェチキナばあさんがいいました。
「ねえ、ユフリョーヴァ、あたしとあんたもいつか死ぬんだねえ」
ユフリョーヴァはビャーシェチキナをひっ転がしてやろうとしましたが、相手はその瞬間に脇へとび退きました。
「行きましょうよ、ばあさんたち!」ビャーシェチキナは言いました。「ここで何をするのさ?ズヴャーキナの面倒はユフリョーヴァにみさせておけばいいじゃないか、あたしたちはハエを叩きに行こうよ」
老婆たちは部屋から移動し始めました。
ユフリョーヴァは、ひまわりの種をかじり続けながら、部屋の真ん中に立ち、ズヴャーキナを眺めておりました。ズヴャーキナは静かになって、身動きもせずに寝転がっております。もしかしたら、死んだのかもしれません。
しかし、筆者は、インク壷がどうしてもめっからないという理由のため、この小説をここで終わらせたいと思います。
1940年 6月21日 (金曜日)
挿絵 河原朝生